Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

言霊② 暴言・叱責

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(2020.6.08 修正)

写真は、ディズニー・シー (今回のお話の舞台です)

美しい言葉、そして愛のある言葉を使えるようになれば、周りにいる人たちは元気になるのにね・・・。 

愛の反対は無関心ですが、

愛の反対は憎しみだと考える人が多いです。

 

 愛と憎しみは同じベクトル上にあるというのが真実です。

 だから、ものすごく愛していたはずなのに、ものすごく憎たらしくなるという現象が起きます。 

 今回のお話は、憎しみのこもった言葉「暴言」や「叱責」の出来事を書きます。

 

夢の国、ディズニー・シーでの出来事

 まず、最初に本編とは関係ありませんが、ディズニーシーは、素晴らしい夢の国です。ディズニーランドには何度か行ったことがありますが、今年の3月に、はじめてディズニーシーに行きました。

 

 ランドにもシーにも共通しますが、全てが行き届いています。

 非の打ち所がありません。

(本当は、食事に関しては少しありますが、そんなことは些細な問題です。)

 

 そして、一番行き届いているのは、スタッフの笑顔でしょう。言葉遣いも、全員が穏やかで、お客さんのことを大切にしているのが伝わってきます。 

 そんな夢の国で、娘がポップコーンを食べたいというので、ポップコーン売り場に行ってみると、長蛇の列です。 

 私は並ぶのが嫌いなのです。

 それに、せっかく夢の国に来たのに、ポップコーンを買うために来たのではないという思いもあります。

 しかし、私は父親でもありますので、たまには父親らしい姿も・・・。

「じゃあ、父ちゃんが並んで買うから、みんなは遊んでおいで!」

 私は、カレー味のポップコーンを買うために、長蛇の列の最後尾に並びました。

 もう、売り場が見えないくらいの位置です。

 

 それで、並ぶということ以外にやることもなかったのですが、それではもったいないと思い、並び場から見える川にいる鳥を眺めたり、船に乗っている人たちに手を振ったりしていました。たまには、こうやってぼーっとするのもいいもんだなー、なんて思いながら。

 

 すると、その少し前から気になっていたのですが、私の前に並んでいるお母さんと娘(たぶん3歳ぐらい)の会話が気になり始めました。

 

 会話というか、お母さんの一方的な通告みたいなものです。

 めちゃくちゃ娘を怒っているのです。

 1分に1度は怒っています。

 

「なにやってんだ!」「おまえ、いいかげんにしろ!」

「誰のために並んでやってると思ってんだ!」

「余計なことすんな!」「あー、腹立つ!」

「おとなしくしてろって!」「うろうろすんな!」

「めんどくせーな」・・・・等々。

 

 並んでいる30分間、絶え間なく「暴言・叱責」が続いていました。

 かわいらしいお嬢さんなんですけどね、その子は、ほとんど無表情でした。

 唯一、その子が発した言葉は「やだ!」の一言で、もちろん、その「やだ!」も、それを遥かに上回る厳しい言葉で抹殺されていました。

 

 途中で、その子が、無言でお母さんのカバンを開けようとしたときがあったのですが、お母さんはイライラしながら

「なに!? ジュース!? さっき飲んだでしょ。もー、めんどくさいなー!!」

と言って、飲みかけのジュースをカバンから荒々しく取り出して娘に与え、

「こぼすんじゃないよ!」

と警告するシーンがありました。

 娘は無表情で、ジュースを飲み、飲み終わったら、お母さんにジュースを渡しました。お母さんは荒々しい手つきでジュースを受け取り、ふたを閉め、そしてカバンにしまいました。

 

 30分後、ようやく売り場にたどり着きました。

「いくつ必要ですか?」というスタッフの明るい声に、そのお母さんは

「ひとつ、お願いします。」と、それまでの様子とは全く違う他人行儀の声のトーンで注文し、ポップコーンを渡されると

「ほら、こぼすんじゃないよ!」

と娘に渡しました。娘は、やっぱり無表情でしたが、ポップコーンを食べながら、お母さんと一緒に歩き始めました。

 

 

良い言葉を言霊に・・・ 

 言葉には魂が宿ります。できるなら、良い言葉を使えると良いのですが、世の中はなかなかうまくいってはいないようです。それで、この出来事から、私は3つのことをお伝えしたいのです。 

 

1 暴言や叱責、+怒りを加えられ続けた子は無表情になる。

 自己防衛なので、そうなるしかないでしょう。だって、表情を出せば出したで、きっと怒られるでしょうから。

 

2 子どもは無力である。

 大人ならケンカもできるでしょう。でも、3歳の子にとっては不可能です。まして、母親ともなると、もう無抵抗という選択しかできません。それでも、子どもはお母さんが好きなのです。

 

3 「愛」の反対は「憎しみ」ではない。

 実は、これが一番お伝えしたいことなのですが、普通はお母さんが悪いってことになるのですが、そうではないというのが私の考えです。

 

・お母さんは、30分間の長蛇の列に並んだ。

・お母さんは、娘のためにポップコーンを買った。

・お母さんは、娘をイライラしながらでも、ずっとそばに置いていた。

・お母さんは、めんどくさいといいながらも、ジュースを出した。

・そもそも、ディズニー・シーに娘を連れてきている。

 

 「愛」の反対は「無関心」です。

 お母さんは、娘に関心をもっています。ただ、うまくいっていないと自分で思っているだけです。

 つまり、お母さんは、娘を愛したいのだけれども、できない自分にイライラしているということです。そして、そのイライラの原因は、本当は子どもではありません。お母さん自身が抱えている、なんらかの問題です。

 

 そのなんらかの問題がなくなれば、そのお母さんだって、自分が本当に求めていた愛を、娘に与える事ができるのに、今はできないというだけです。

 

 だから、お母さんだって悪くはないのです。

 お母さんは、迷い、もがいているというのが適切な表現でしょう。

 

 他人のことなので、私にはどうすることもできませんが、

 そのお母さんが、元気になって、本当の自分を取り戻す日を願っています。

 

 さあ、お部屋をディズニー使用にしてリラックスしてみましょう。 

 

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