Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

心配しないのが愛 第2回【愛か不安かは動機による】

心配しないのが愛3

(2019.10.28の記事をリライト)
私は人の心配などしません。そう言うと「冷たい」みたいな反応がありますが、

私は「心配しないというのは温かいのだよ」と反論します。ところが、この説明がなかなか評判が悪いのです。評判が悪いというか理解されないのです。

 なぜ心配は温かいのかということを説明します。

 

あなたが誰かを心配することは否定してません

「心配しちゃいけないの?」とか

「相手のことを思っているから心配するのよ」なんて反論されます。

 

 しかし私は、議論をするつもりもないのです。

 私が言っているのは「私は心配しない」ということと、「心配しないのは温かい」ということだけです。それを信じろとか、心配してはいけないなんて言ってはいません。信じてもいいし、信じなくてもかまいません。

 分かってもらえなかったらどうしよう・・・なんて心配もしていません。

 

 反論したい人は、きっと「心配しない」=「無関心」だと言いたいのかもしれません。それなら冷たい人だと言われても、納得します。

 だけど、私は「心配しない」=「見守っている」ということをしているのです。

 

 もし、助けを求められたら、いつでも力を貸します。

 でも、求められなければ、見守っているだけです。

 求めているという状態は「助けてー」と言葉にすることではありません。

 それを言えないけどSOSを出している場合が多いので、それを読み取る必要がありますが、「読み取る」ということについては、ややこしい話なので、また今度。

 

心配するのは不安

「心配しないのが愛」というタイトルをつけたので、逆にしてみます。

「心配するのは・・・・・?」

 

 答えは「不安」です。しかも、自分自身に対する不安です。

 

 ですから

「心配するのは不安」というタイトルでも良かったんですが、前回「心配しないのが愛①」としたので、②というタイトルにする必要があってそうしました。

 

 さて、これを応用してみましょう。

 「・・・・」のところには、「愛」か「不安」が入ります。

 

①「ありがとうという感謝は・・・・」

②「ごめんなさいという謝るのは・・・・」

③「嫉妬は・・・・・」

④「怒りは・・・・」

⑤「叱るのは・・・・・」

⑥「褒めるのは・・・・・」

⑦「泣くのは・・・・・」

⑧「なぐさめるのは・・・・・」

⑨「人の役に立ちたいと思うのは・・・・」

⑩「異性にモテモテになりたいと思うのは・・・・・」

 

 どうでしょうか?

 中には、「不安」も「愛」も両方入りそうだというのもあります。

 それはそれでいいのです。

 深く、より深く考えていくと、時と場合と、その人の状態によって、両方入るというのが正解ということが、実はたくさんありますから。

 

 つまり、深く深く考えると、それは動機によるだろうというところに行き着きます。

 

 動機が愛ならば、すべて愛に基づく結果が得られ、

 動機が不安ならば、すべて不安に基づく結果になります。

 

 一般的には、日常的には、多くの人は?と考えれば、どちらかが入ります。

 

 もしも、教師(保護者)自身が愛に溢れ、

 子ども達に愛の言葉、そして動機が愛の言葉を与え続けたら、

 きっと子ども達はみんな元気になりますよ。

 

さあ、パワーストーンの力を借りて、愛のエネルギーを充電しましょう。

……そんなこと、できるのかなぁ~。