Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

吃音(中編)

吃音2

「吃音」という解明されていない現象

 さて、中編では「吃音」とは何なのかを詳しく説明します。知識として知っておいて損はありませんから。まず最初に知っておいてほしいことは4つあります。

 

 1つ目は、「吃音」になる原因は解明されていないということです。

 医者にも分かりません。何故なるのか、どういうメカニズムなのかさえも分かっていません。そんな分野はめずらしいです。もしかしたら、命に別状がないのと、需要が少ないため、真剣に研究が進んでいないだけかもしれません。

 

 2つ目は、「吃音」はある日突然なることがあるということです。

 生まれながら「吃音」だということもあるようですが、ある日突然なる事の方が多いようです。そして誰でもなる可能性があります。遺伝は今のところ関係ないとの報告を本で読んだことがあります。ただ、7割が遺伝だという説もあります。

 ちなみに私は6人家族でしたが「吃音」は私だけです。近しい親族にもひとりもいません。ですから7割が遺伝なら他の人もなるはずですから、おそらく遺伝説は違います。

 統計では2歳~4歳の約5%に発症し、その半数は小学校入学前になくなります。ただ、これも当てになりません。私は小学3年生ぐらいでやってきましたから。

 成人では全体の1%、100人に一人ぐらいの割合でいるという報告があります。これはまあ、これぐらいでしょうね。

 

 3つ目は、「吃音」は突然治ることもあるということです。

 ここが理解しがたい事実なのですが、治る人は治ります。何もしないでも治るみたいです。ただし、長らくお付き合いしている人が治ったという事例は聞きません。どちらかというと、共生の道を選んだという事例ばかりです。

 

 4つ目は、「吃音」の状態はとても個人的で、みんな違うということです。

 この4つ目は、非常に大切な視点です。

 ですから、私と全く同じ状態という人もいないし、他の人と私が同じということもありません。とても個人的な現象なのです。

 

「吃音」という極めて個人的な現象

 分類されると3種類ぐらいに分かれるそうですが、私個人の考えでは、そんなことはどうでもいいことなのです。分かれているからって、意味はないのです。

 言葉が出ないときは出ない。ただそれだけですから。 

 問題は、程度時期状況あるというのが私の行き着いた結論です。 

 

 程度は千差万別です。ある言葉だけが出ない場合もありますし、複数出ない場合もあります。ひどい時は、50音中、半分くらい出ないという人もいます。今の私は時期にもよりますが、多いときは「は」と「な」とその時期によって違うもうひとつの3音ぐらいですけど。小さい頃はもっと多かったかな?

 

 時期とは、季節、時間、天気など、様々な要因が絡み合っています。

 朝は大丈夫だけど夕方はと言う人もいますし、一日中という人もいます。

 秋にひどくなる人や夏は平気だという人もいます。

 ちなみに、私は春に比較的「吃音」が出やすく、時間はあまり関係ありません。

 

 状況とは、場所や機会などの状況全てを示します。

 みんなの前でしゃべるというのは、基本的には苦手意識を持ちやすいのですが、原稿があれば大丈夫という人もいるし、原稿があったらダメだという人もいます。

 また、緊張すると出やすいという人がいたり、緊張しなくても変わらないという人もいます。

 

 それらの現象が複数合わさったり、組み合わさったりするので、全員違います。

 ですから、3つに分類すると・・というのは意味がないのです。

 とにかく、いくらその時がんばっても、言葉が出ない時は出ないということなんです。一言乗り切ったとしても、コミュニケーションは続くわけですから、言葉を発している間はずっとつきまとってきます。

 

 ただし、共通する事項はあります。

 「最初の一言が出ない」

 

 そこを突破すると、すらすらと言えます。

「お、お、お おはようございます。」みたいな感じです。

 ちなみに、分類わけとは、上記に加え

「お、お、おっ はようございます」なのか

「お、おーーーはようございます」なのか

という3つということらしいです。

「吃音」と仲良しの私から言えば、関係ありません。最初の言葉が出れば終わりですから。

 

「吃音」を嫌がる理由

 本当に簡単に言うと「変な目で見られる」ということです。

「あれっ」みたいな感じで見られると、恥ずかしくなっちゃうのです。

 温かい目で待つことを支援者にアドバイスする人もいますが関係ありません。

 だって、出ないときは、その人との会話中出ないのですから、1度や2度ではないのです。そして、そのことを理解している人ばかりではないですし、生きている限り、たくさんの人と交流していくのですから。

 ですから、吃音者がその時願うのは、待って欲しいということではなくて、この「吃音」がなくなればいいなーってことなんです。頭の中では、言葉が待機しているのに、出動できない苦しさなんです。

 出なかった後は、こっそり練習なんてしてみますが、そういうときはすらすら出るんですよね-。そして、また同じ状況になったら出ない・・・。

 そして、吃音者は、出ないときは出ないとはっきりと認識しています。

 あれっ、出ないやということではなくて、出ないときは、頭の中で言葉を考えた瞬間に「今日は出ない」と分かります。言葉を出してみて分かるのではなく、言葉を出す前から分かります。

 

 ですから、難を逃れるための方法として、しゃべらないというのを選択することもあります。しゃべらなければ発症しませんからね。学芸会の劇なんて、とんでもない話です(その時期が比較的軽度なら大丈夫ですが・・・)。

 大衆の前でのスピーチなんてもっての他です。原稿は書いても良いけど、誰か代わりにしゃべってよって感じになる人もいます。

 

 でもね、それではもったいない。

 経験のチャンスを自分から減らしてしまうことになるから。

 大丈夫です。対処方が分かっていれば、状況は軽減できます。

 なくならなくても、共生の道を選べます。

 

 いよいよ後編では「吃音」と仲良くなる方法をお伝えします。

 

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