教師でありたいのなら、知っておくべきことの1つに「吃音」があります。
ある一定の割合でいます。昔からいますし、今もいます。
ただ、本人は隠そうとするので、分かりにくいかもしれませんが、教師を続けていくと必ず出会いますし、長くつきあうと気付きます。一定の割合でいますから。
「吃音」とは、最初の一言がなかなか出ない状態で、「どもり」とも言われます。
「吃音」状態になると、なった本人と親が悩みます。
もしかしたら、医師に相談するかもしれませんが、おおよそ解決はしません。
つまり、なくなりません。
正確には、治るときは治るし、治らないときは治らないのです。
薬もありませんし、言語トレーニングの効果もあるかどうか分かりません。
今のところ、誰にも分からないという結論みたいです。
分からないから「分からない」で終わらせると、知っておくべきことになりませんから、私が知っている範囲で書いてみます。
「吃音」は「吃音」を経験している人にしか理解できない
「吃音」を知ることはできても理解はできません。感覚的なことは表現しにくいからです。説明して知ってもらうことはできますが、そもそもその状態を自分で体験していないのですから、「そういうもんなんですね」ということぐらいしか分かりません。
真の理解とは、実感を伴う必要があるのです。
もう何年も前のことですが、何かのセミナー(医師が講師)に参加したとき、一般参加者(教師)が「うちのクラスの子が吃音になったのですが、どう関われば良いですか?」と質問していました。
相談を受けた医師は首をかしげながらそれなりの答えを言っていましたが、全く見当違いのことを言っていました。「吃音」について知らないからしかたありません。でも、知らないのなら「知らない」と言えばいいのに・・・・と思いました。
では、なぜ私が知っているのかというと、実は私は自分の吃音と長らくお付き合いをしているからです。もう30年以上のつきあいです。だから、かなり仲良しなんです。
かつて私は、自分の「吃音」をかなり嫌がっていました。
ですから、思いつく限りのこともやってみましたし、本も読みましたし、どうしてなのかをいっぱい考えてきました。自分に起こっている現象についても分析したり、対処方法を考えて実践してきました。
効果があったことも無かったことも、今のところ考えられていることも理解しています。そうして、数年前に「吃音」と仲良しになりました。
今はこう考えています。
自分の「吃音」は必要だからなったということ。
そして「吃音」で悩んでいる人がいたら、アドバイスできるのは「吃音」を経験した人が最適なので、自分の経験は有り難いということ。
真面目に書くので、少し長くなりそうです。
「吃音」は30年以上の長いお付き合いですから、大切に書きたいのです。
ということで、中編へつづく!