Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

初任時代の学び 第3回【出過ぎる杭でありたい】

出過ぎる

 初任の3年間は、本当にたくさんの先輩教員たちにめぐまれました。そして、自分なりに多くのことを学ぶ機会を頂きました。ああいう先生になりたい、この先生に追いつきたいなどなど、憧れも持ちましたし、なにより子ども達に良い影響を与えられる教師でありたいと志を持ちました。

 

 そうやって忙しくも充実した私も異動の季節が訪れます。先輩教員から「次の異動先が本拠地となるから、よくよく考えると良いよ」と言われました。実は、初任者の最初の勤務地は場所を選べない仕組みなのです。現役教員がすべて決まってから新採用者は決まりますし、条件付採用ということになっているので、断ることもできないシステムなのです。

 

「人事を尽くして天命を待つ」という諺がありますから、私はそれほど固執することはないのですが、自ら選ぶということも大切です。というか、人事を尽くすことが前提となっていますので、希望を出してみました。

 

その希望は、地元の地域に帰るということです。地域に育てられたので、地域に恩返しみたいなことを考えていたのだと記憶しています。そして、無事に希望が叶い、地元に戻ることができました。・・・と、ここまでは良かったのですが。

 

 

和を選ばないという選択

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 新天地での数年間は大変居心地が悪く、何を主張しても通りません。今思い返しても私の主張は間違えてはいないはずなのですが、その当時は通らないのです。

 

 きっと生意気だったのだと思います。それから出る杭は打たれるということなので、打たれていたのだとも思います。理不尽なこともたくさんありました。どれもこれも私にとって必要なことだったのでしょう。

 

 ある日、突然思いつきました。

「出る杭が打たれるのなら仕方がない。むしろ、出ていることを喜ぶべきだろう。しかし、このままでは居心地が悪すぎる。そうだ! 出過ぎる杭ならば誰も打てはしないのではないか・・・。」

 

 つまり、職員の皆さんとの決別です。和を選ばず、迎合することを拒否し、自分の力を高めるという決意です。職員の皆さんのことを否定しているわけではありません。ただ、そのことに気を取られる自分を捨て、教師としての力量をつけることだけに集中していくということです。当面、主張をすることも止め、ただひたすら教師の力を伸ばしてくことにしました。

 

 

出過ぎる杭でありたい

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 2校目も3年目(合計6年目)にさしかかる頃には、職員のメンバーも大きく代わり、当時私が主張していたことがほぼ実現してきました(ただし、私が言ったのではありませんが)。

 5年目、6年目は、もう打たれることもなくなったし、居心地も良くなりました。だから、また異動したくなりました。苦労がないところに、実はあまり興味がないという自分に気づいていました。

 

 打たれなくなったときに分かった事は、打たれなくなっちゃったら、全然気にならなくなつということですが、初任時代の学び、「出過ぎる杭でありたい」は、今も継続中です。ついでに「初心忘れるべからず」も継続中です。

 

 もう、18年以上もお会いしていませんが、当時お世話になった先輩先生方に、時々会いたくなったりします。