先日、同僚の先生が話を聞いてほしいというので、相談に乗りました。
話の概要は、学級を落ち着かせるために色々と試してみているのですが、状況は悪化しているような気がして、もう、どうしていいのか分からないということでした。
「なるほど、状況は悪化していると、自分では感じるんだね」
「そうなんです。」
「本当かな?」
「違うんですか?」
もう少し問答を続けます。
「以前の自分と今の自分では、進んでるのか停滞しているか後退しているのか、どれだと感じている?」
「うーん、後退はしていないと思うけど、進んでいるという自信もない。停滞でしょうか・・・」
「なるほど、停滞していると感じるのだね。では、少なくとも後退という現象は起こらない。なぜなら、担任が後退していないのなら、学級が後退するということは起こらないから。」
そして、私の目から見た状況を説明しました。
担任の同僚は、以前と比べて明らかに進んでいること。
机上の理論で終わっていた知識を実践に進めているということ。
実際にやってみて、はじめて知識が知恵となりはじめていること。
「因果の法則」は、原因と結果についての真実です。
自分で蒔いた種を自分で刈り取るのです。
ですから、子ども達のために愛を持った行動を取れば、それを刈り取る時期が訪れるのです。ところが、タイムラグがあるという事実を多くの書籍では強調していません。
種を蒔いて、すくすくと成長して、刈り取る時期になるには、少なくても3ヶ月かかります。それまでは辛抱というか、信じてただ進めばいいだけなんです。
というような事を話しました。
「もう少し頑張ってみます」と言うので、「まあ、できそうなところからやってみたら?」とアドバイスをしました。
このタイムラグは、とてもよく出来たシステムです。
良いことはすぐに結果となってほしいと願うならば、タイムラグは必要ないでしょう。でも、人間ですから、悪いこともすぐに結果となってしまうと、とても都合が悪いのです。
例えるなら、執行猶予期間が設けられているのです。
結局は自分で刈り取ることにはなりますが、軌道修正がいくらでもかけられるというのが良くできたシステムだということです。
不平・不満・愚痴などなど、愛のない思考を続ければ、いずれ体調にも現れます。それが現れたら相当進行していますが、すぐには出ません。だから、その前にやめることだって選択できるというすぐれものなのです。
違う学級では、担任がずっと思い悩んでいましたが、自分のできることを淡々とやっていたら、つい最近、突然学級が良い方向へと進み始めたという実感を持てたようです。おおよそ半年かかりました。
愛のある行動を取っていたら、かならず結果が現れます。
ただ、タイムラグがあるので、結果を焦らずに楽しみながら進んでほしいです。
あっ、愛のない行動も結果として現れますから…。