Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

今を生きることが未来を創る

今を生きている


 今日はなんだか苦言のような記事が続いていますが、みんなに気づいてほしいので書くことにします。

 

 先日、朝のニュース特集で、中学生相手に「会社で不祥事が起きたらどうするのか?」という出前授業をしているのを観ました。主張としては「社会と学校を繋ぐ」とか、「社会に出てから実際に考えられる社会人に」みたいな感じです。現場の様子を伝えた後、専門家という方が、「貴重な体験で、学校現場には必要だ」みたいなことを言っていました。もー!専門家がそんなこと言ったら、みんな信じちゃうじゃない!

 

 さて、これに反論します。

 あのねぇ~、中学生には中学生でしか経験出来ないことがあるんです。

 会社の不祥事は、会社員が考えればいい問題です。

 大人社会のことを中学生から考えると言うことは、一見有益のように感じるかも知れませんが全く違います。中学校は3年間で終わるのです。大人の3年間と中学校の3年間では、その重みが違うということは、大人なら経験で分かっているはずなんです。

 

 つまり、中学生が中学生の間に経験できることを、大人の都合で邪魔しないでほしいというのが教育現場に携わる者としての私の主張です。

 中学生は思春期です。そして、大人社会よりも仲間社会での学びの多い時期であり、高校受験を控えていたり、自分って何だ?と少し考えてみたり、お友達にどう見られているのかを悩む時期であり、親との関係を見直す時期です。さらに、部活にのめり込む時期であり、大人扱いされつつある時期であり、甘えられなくなる時期でもあります。

 だから、会社の不祥事を考えるよりも、もっと自分の問題として考える事が山ほどあるのです。それを大人の消費社会の人材育成のために費やさないでほしいのです。

 

 中学生は中学生らしくで良いのです。

 中学生を社会人らしくしてどうするのでしょうか?

 

 それぞれの年代で、思いっきりその年代にしか出来ないことをやるからこそ、次のステージでも思いっきり活動できるということが何故分からないのでしょう。

 

 幼稚園児がかけ算できたってしかたないでしょう。

 小学1年生が微分積分できたらいいのですか?

 みんな急ぎすぎです。

 お勉強はできるようになるでしょう。でも、精神(心)が伴わない知識を増やしたところで、宝の持ち腐れになってしまいます。

 

 幼稚園児は幼稚園児らしく。

 小学生は小学生らしく。

 中学生は中学生らしく、今を全力で生きる(楽しむ)ことが、高校でも全力で生きる(楽しむ)ことに繋がり、それが社会に出てからも全力で生きる(楽しむ)ことに繋がるのです。

 

 だって、今できないのに、将来はできるってことありますか?

 先取りをし続けたところで、平均寿命はせいぜい80歳ぐらいです。

 

 働き始めた新人に「リーダーになるためには」と教え

 リーダーになり始めた人には「管理職になるためには」と教え

 管理職になった人には「定年後の生活で困らないようにするには」と教え

 定年したら「終活について考えよう」とするのでしょうか。

 

 もっと今を大切にしてほしいのです。 

 

 私が高校生だった頃、部活動に明け暮れました。

 勉強は、おかげ様でそこそこでしたが・・・。

 卒業してから、部活の恩師に話を聞きに言ったことがあります。

 すると、次のような事を教えてくれました。

 

「大人達は、みんな勉強、勉強って言う。でも、勉強なんていうのは、生涯勉強であって、自分一人でもできるし、いつでもできる。でも、高校3年間の部活は、高校生でしかできない。卒業してしまってから高校の部活というのは経験することは不可能だ。そして、みんなで共に目標を目指して過ごした3年間というのは、かけがえのないものになると自分は信じている」と。

 

 部活でなくてもいいんですけどね、高校生なら、高校生でしかできないことをやったらいいのです。それが終わったらみんな社会人か大学生になるのですから。 

 

 今、目の前のことに取り組み充実させることの出来る人は、明日も充実した日にできます。明日の事を心配する人は、明日になったらまた明日のことを心配します。 

 

 最後に、また他力本願ですが、名言を紹介して終わりますね。

 

「僕はずっと山に登りたいと思っている。・・・でも明日にしよう。」

 おそらくあなたは永遠に登らないだろう。

        ナポレオン・ボナバルト(フランスの軍人・政治家)