Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

教育現場は臆病になりすぎて未来への投資をしなくなっている

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 小学校教諭は、新卒であろうが、中堅であろうが、ベテランであろうが、みんな担任をしていた時代がありました。担任以外の道は、管理職か休職か退職か転職であって、つまりは担任を受け持つ以外に道はなかったのです。

 

 ところが、専科教諭とか加配教諭とか特別支援という制度が加わり、担任以外の道が開けたのです。

 

 こういうことは、現場教師が決定できることではないので、一個人がとやかく言える立場にはないのですが、危機感は常にもって、物事を深く考えておかないと、ことが起きたときに「全然知らなかった」ということになります。「知らなかった」なんて、それは現場教師として、あまりにも自覚がなさすぎると言いたいのです。

 

教育現場の臆病を生み出す組織の機能 

 物事の決定事項は、上層部から下層部へと下りていくのが組織の基本構造で、これの逆の動きも可能ですが、一部の例外になります。より大きな組織になればなるほど、この基本構造は機能していきます。

 

 教育界の組織はというと、国→文科省→都道府県→地方→各学校→管理職→教師という構図です。ただし最重要は現場です。それは最も直接的だからです。この直接的な場所とかけ離れた間接的な場所で物事が決まっていくというのが、リーダー不在という感覚を私たちが持つ理由です。

 

 もしも教育界によからぬ動きが出てきたのなら、できれば上層部で判断してその流れを修正してもらいたいとも思うのですが、残念ながら今はそうなっていません。

 

 1人の教師が、自分の所属する学校を変えようとしても難しいのですから、管理職が地方全体の学校を変えるのも難しく、地方が都道府県を変えることや都道府県が文科省を変えるという逆の流れを起こすのは極めて困難だということです。

 

 すなわち、1人の教師ができることは、せいぜい自分の学校をどう変えるかということぐらいなのです。しかしそれだって、実際にやろうとしてみれば、相当難しいことだと理解されるはずです。

 

 ものすごく前置きが長くなりましたが、そろそろ本題に入ります。

 

教育界の投資不足

お金


 まず、教育界全体の動きで言えば、教育予算をけちっています。

 これは仕方のないことだとも思いますが、その代案が加配教員の設置です。つまり、ないよりはましですが、本当に教育の質を高めたいのならば、やらなければならない本丸は「定数20人学級の実現」です。

 これが実現すれば、ほぼ全ての教育問題は一気に解決に向かいます。

 いじめ問題、学力問題、不登校問題などなども含めてです。

 

 40人の部下を一人で統率する上司。

 40人の子どもを一人で育てる母親。

 40人の保護者会で意見の一致を試みる保護者代表。

 

 いかに難しいか分かるはずですが、「昔はそれでやっていた」という理論が邪魔をします。今と昔は全てにおいて違います。むしろ、昔よりも子ども達を取り巻いている環境は心の成長に限って言えば、厳しさを増しています。

 

 しかしこれは、先ほど述べたように、一教師がどうこうできる問題ではありませんので手は出せないでしょう。

 

現場の投資不足 

 次に、現場の動きで言えば、若手教師への投資に臆病になっています。

 先ほど述べましたが、昔の小学校は、ほぼ全員が担任しかなかったのですが、ここ最近は違う道が開けています。

 しかし、私のこれまでの経験から言わせてもらえば、小学校教師という職業は、担任を受け持つというのが教師力を伸ばすための絶対条件です。もちろん、昔よりも担任業務というのは難しくなっています。

 だからといって、新卒でやる気ある若手教師に担任を持たせないというのは、現場は臆病になりすぎです。そもそも、最初から上手にできる人なんていないのです。

 

 新卒から4年間在籍した若手教師が、4年目にようやく担任を受け持った事例を側で見ましたが、1年目の新卒と全く変わりません。

 

 新卒1年目で担任した若手教師が、学級経営に失敗し、その後の3年間を担任を持たずに過ごした事例を側で見ましたが、結局1年目の経験値しかありません。

 

 かくして現場では、力のある教師を最前線に送り出し、まだまだこれから伸びるであろう若手教師を後ろに引っ込めてしまっています。それは、今は良いかもしれません。その年の学校運営はなんとかやり過ごせるかもしれません。でも、今投資しないでどうするんですか。

 

 元々は情熱を持っていた若手教師であっても、数年間の楽をすれば、やがて「こっちのほうがいいや」となります。本当はそんなことを望んでいなくても、周りの目は4年間経てば4年間の経験者と見てきます。新卒ならば親切に教えたことであろうとも、4年目にもなると「そんなこともできないなんて」となるのが世の常です。

 

 教育現場の臆病人事配属によって、臆病な教師を育てていることになりませんか?

 はじめは担任をしないでどこかの学級のサポートに入り、見て学ぶという論がありますが、はっきり言って全く成り立ちません。

 見て分かるとやってみて分かるのは、天と地ほどの差があるからです。

 そして、力もないのに力のある人のやっていることなど理解出来ません。

 何が起きているのかさえ分からないのです。

 

 しかしこれもまた、組織としては管理職の領域です。

 一教師個人がどうにかできる問題でもないでしょう。

 ただ、一般教師の1つ上の組織になりますから、若干のアプローチは可能でしょう。

 そして、学校の人材配置を一教師が提案しようとしたとき、あるいは本当にしたときに、私の言っている難しさを本当に理解すると思います。

 

教育現場での未来投資

 最後に、では実際に未来の若手教師へ投資するためにはどうすればよいのかという、私なりの至った結論を提案します。毎度のことですが、あくまで私の提案ですから、これが絶対に正しいということもなく、状況や学校事情によってもことなるでしょうから、1つの視点だと思って読んで頂ければ幸いです。

 

 まず、若手教師は全員担任をさせてください。

 担任をしないことには、学級経営の必要感など持てるはずはありません。

 担任をしなければ、何が難しくてどうして上手くいかないのかなど、考える必要性もなくなりますから、育ちようがありません。

 

 次に、その学校で割り当てられている加配や専科などのポジションがあった場合、そこへは、その学校のナンバー1やナンバー2の実力のある教師を配置してください。

 学校自体は戦力ダウンでしょうけれども、だからこその投資なのです。

 そして、ナンバー1、ナンバー2と言える程の実力者なら、どこのポジションにあっても、自分で仕事をどんどん見つけます。

 

 ミドルリーダーが必要であるという声をよく耳にしますが、これも解決です。

 

 今、私の見聞きする学校現場は、実力者だと認める教師に、一番ややこしい学級を担任してもらい、さらにミドルリーダーとなって若手育成の手助けをお願いし、学校の大きな仕事も中心になってもらうということをやっています。

 

 人は苦労することで成長します。

 だから、実力者はさらに実力の伸ばし、若手教師との差は加速度的に開く一方です。