Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

無意識だけど知っていること 第5回【愛】

無意識は愛を知っている

(2019.11.14の記事をリライト)
 このブログは「愛のある教室」という副タイトルがついています。子ども達へ「愛」を注ぐための知識と、このブログを読んでくださっている人たちへのお裾分けが趣旨なのですが、「愛」というのは、実は難しいということをお伝えしているのです。難しいけれども、難しいからこそ、是非理解し、納得し、あなたの周りにいる人たちへ「愛」を注ぐために、まずは自分を愛してほしいと願っているブログなのです。

 無意識シリーズの最後に位置づけたテーマとして「愛」は、書くのをためらうくらいに厳しい内容となります。「愛」を簡単に手に入れられるということはなく、真実を受け入れられなければ、知識としての習得すら困難です。でも、理解しようとすれば理解でき、実践することができれば、最終的には良いことが起こります。

 「理解しようとする」に関しては、テーマは違いますが下の記事も読んでみてください。「理解しようとすれば理解できる」という励ましの記事です。

www.nayunayu.com

 

「愛」は生まれながらにして持っている

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 人は、この世に大きく2つの感情を持って生まれます。1つは「愛」。もう1つは「不安」です。

 両方なければいけないのです。

 なぜなら不安がなければ愛が分からないからです。

 赤ちゃんが不安になって泣くから、お母さんがやってきて愛を感じるというように、愛と不安は表裏の関係です。

 

 ところが、愛には不安がつきまとうので、いつの頃からか、不安に支配される愛に変わっていきます。とても難しい内容ですが、なるべく分かりやすく書きますね。

 

 本当の愛とは、「無条件の愛」です。仏教では慈愛と言います。

 マザーテレサさんやナイチンゲールさんらが実践した「愛」です。

 お会いしたことはありませんが、釈迦やキリストも同じでしょう。

 この愛を、人は生まれながらにして知っているということです。

 

 不安に支配される愛とは、「条件付きの愛」です。これがほとんどです。

 例えば、学校では先生の言うことを聞く子をかわいがる。

 例えば、家では親の思うようになるように愛情をもって接する。

 この「条件付の愛」を「愛」だと錯覚してしまうということです。

 

 本物の愛を持って生まれ「無条件の愛」を求めているのに「条件付の愛」を「愛」だと錯覚してしまうのは何故でしょうか。

 

「条件付きの愛」はどのように生まれるのか 

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 赤ちゃんが生まれたら、それだけで幸せを感じる事でしょう。もう、元気に育ってくれれば何もいらない、それが「無条件の愛」です。多くの母親は、この瞬間に「無条件の愛」を発動しています。

 ところが「無条件の愛」を与えるためには、自分自身が「無条件の愛」で自分を愛していなければ与える事は基本的にはできないのです。持っていないものを与える事は不可能だからです。

 

 子どもはやがて成長していきます。優しい子、親の言うことを聞く子、わがままを言わない子、明るく素直な子になってほしいと、親心から願うはずです。

 それが「条件付き」の発生となります。 

 

 親が我が子に「条件付の愛」を与え続けるなら、子ども達は愛されるために軌道修正しなくてはならなくなります。勉強が良くできて、お行儀も良くて、何も問題がない子に振る舞おうとします。それはうまく育っているように見えます。

 ところが、突然キレるという現象を見聞きすることがあります。

 それは「条件付の愛」が原因です。

 

 お行儀が良くてよい子だったのに・・・・ではないのです。

 お行儀が良くてよい子だったから・・・・なのです。

 

 残念ながら、そのことに気付ける人はほんの一握りです。「愛情」という美しい言葉によって親自身も気付くことは難しいのです。気付けないのは、その理由があるので仕方ないのですが、とりあえずその理由については横に置いておいて、もう少し続けます。

 

「あなたのために言う」とか「心配だから言う」とか「社会に出たら困るから今のうちに」とか「親のいうことを聞いていれば失敗しない」とか、もう全部、不安から出ている言葉です。不安から生まれたそれらの言葉は、子ども達に痛烈なメッセージを伝えることになります。

 

 あなたは、今のままでは愛されない。

 

 という裏メッセージです。幼い子どもは、これに対応する力はありません。受け入れるしかないのです。だから、次々にその条件をクリアしようと努力します。すべては愛されたいためです。ここはややこしいので、もう少し詳しく知りたい方は下の記事も読んでみてくださいね。 

www.nayunayu.com

 親は子どもに条件をつけたがりますが、子どもはありのままの親を愛しています。子どもは、無条件の愛を親に与えてくれる存在なのです。すべての子どもは、どんな親であっても無条件で愛しています。それは生まれながらにして「本当の愛」を知っているということの証拠なのです。

 

 子ども達は親を愛しているし、親から愛されたいのです。

 だから一生懸命、親の期待に応えようとします。ある子は勉強を頑張り、ある子はおちゃらけて家族を喜ばせ、ある子は我慢し続けるように、その形は様々ではありますが、親の顔色を見ているという点では同じです。

 

 繰り返しになりますが、子どもは無条件で親を愛しているし、無条件で愛されたがっていますが、全ての親が無条件で子どもを愛しているといことは、ほとんどありません。これが事実です。

 

「すべての親は、本当の愛を子どもに与えているはずだ!」というご意見があったら、また厳しいことを言わざるを得ません。

「ではなぜ、育児の専門書は世の中にこれほど溢れるているのですか?」

 育児の専門書は、言い方や表現の仕方は違えど、総じて次のような事を伝えようとしています。

 

 ありのままの子どもを見ること。

 ありのままの子どもを受け入れること。

 そうすれば、自己肯定感の高い子に育ちますよ。

 

「自己肯定感」とは、自分は自分のままで良いのだという感覚です。

 平たく言うと「自分は自分が好き」であり、「自分は自分を愛している」ということになります。それは「自己中心的」という陳腐なものではありません。先ほども述べましたが、自分を無条件で愛せない人が、他人を無条件で愛することなど、できないのです。 

 

 子ども達は、本当の愛がほしくて、本当の愛を親に向けるのに、不安の愛が返ってきます。その「不安の愛」を「本当の愛」だとしなければ辛すぎるために「条件付の愛」が正当化されていくということなのです。

 

無条件の愛は消滅していない

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 子どもはやがて大人になります。

 そして自分が親になったとき、自分が信じてきた「条件付きの愛」を、自分がされてきたことと同じように与えます。学校もまた、拍車をかけていると言わざるを得ません。学校を作り出している社会も、拍車をかけていると言わざるを得ません。社会はどうしようもないくらいに「条件付の愛」が発動されやすい仕組みになっているのです。ですから仕方ないのです。

 

「愛」は「無条件」であろうが「条件付き」であろうがおかまいなしに、友人関係にも職場関係にも、恋愛関係にも、全ての人間関係に多大なる影響力を持っています。それは人として生まれたのなら、「愛」というものが全てと言っても過言ではないくらいに「生きる目的」のひとつの側面だからです。「何故生きるのか?」みたいな本質的な問いを考えると、必ずどこかでは「愛」という言葉にたどり着くことになります。

 

 愛は元々持っているのだから、自然発生すると多くの人は思っていますが、とんでもない間違いです。愛ほど難しいものはそうそう見当たりません。知れば知るほど、これほど厳しいものなのかと、実感されるはずです。

 

 難しくて切ないのですが、ここで話を終わらせるわけにはいきません。私の書いた記事で残念な気持ちになってもらいたくはないからです。私が難しいと断言しちゃってる「無条件の愛」ですが、難しいけれども「取り戻せる」という希望も示したいのです。

 

 生まれながらに持っている「無条件の愛」が「条件付きの愛」に変わったとしても、「本当の愛」が無くなったわけではありません。蓋をされているだけです。

 

「条件付の愛」は、おおよそ「不安」から生み出されていますが、「不安」だって「愛」の存在がなければ存在できません。表裏一体の考え方で言えば、片方だけが存在できるということはありえないからです。つまり「不安」と対局に存在している「愛」は消滅のしようがないということです。

 

 ですから親だって「無条件の愛」を持っているのです。

 今はちょっと、色々あって(社会的なこととか、見栄えとか、人からの評価とか)発動しにくくなっていますが、蓋をしちゃっていますが、しっかりとあります。

 例えばですが、我が子が命に関わるような事故や災害にあってしまったら、「生きてさえくれればもう何もいらない」と心から願うでしょう。「無条件の愛」はなくなっていないということです。

 

 今は忘れちゃっていることにしているけど、元々持っているのだからあるのです。

 

無条件の愛を実践する

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  本質的には、親や教師自身が「無条件の愛」を取り戻すことで、子ども達に「本当の愛」を与える事が出来るのですが、これは難しいです。不可能ではありませんが、極めて困難です。程度にもよりますが一人で理解することは基本的には不可能です。親でもなく恋人でも夫婦でもない、第三者の存在が必要となります。

 ごく稀にですが、恋人や夫婦の関係によって「無条件の愛」を取り戻せることもあるようですが、奇跡に近いほど少数です。

 

 そこで、私がオススメするのは専門家の意見をそのまま実践するというやりかたです。育児なら育児書、教育なら教育書、児童心理学や発達心理学など、ありとあらゆる知識を習得し、とにかく実践です。

 育児書や教育書には、総じて「本当の愛」の具体的な実践方法が載っています。

 実践すればするほど、たまには間違うでしょうけれども、おおむね愛のある方向へ進むはずです。実践を通じて、自分の周りの人たちが笑顔になれているのなら、概ねできていると判断してOKです。

 

 まずは模倣です。「学ぶとはまねる」と何かで聞いたこともあります。

 ただし、模倣はあくまで模倣であり、きっかけに過ぎません。

 そこから、どれだけ自分の内部に浸透させられるのかは自分次第です。「自分ならできる」と自分で決めた人だけが「無条件の愛」についての理解が出来るはずです。

 だから、自分で「できる」と決めてください。そうすればできます。 

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長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

長すぎると嫌がられそうだな~と思いつつも、長くなってしまいました。

下の映画、オススメです。愛を感じたくなったら見てみてください。名作です。

湯を沸かすほどの熱い愛

湯を沸かすほどの熱い愛

  • 発売日: 2017/04/26
  • メディア: Prime Video