Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

学級が落ち着かないときの考え方

学級崩壊

 学級が落ち着かない。ざわざわしているし、言うことを聞かないし、怒っても褒めても諭してもダメ・・・。ああ、もうどうすれば・・・と悩んでいる人は今回の記事を読んでください。読んだからと言って、すぐに学級が落ち着くということは起こりませんが、少なくとも自分が落ち込むということは緩和されるはずです。そして、学級が落ち着かない理由が分かって、それに対応する実践を行えば、少しずつですが落ち着きを取り戻していくはずです。ただし、実践は相当難しいと心得てください。でもやらなければ、ずっと落ち着かない状況が続きます。さらに毎年繰り返します。結局、どこで終わらせるかという問題ですから。

 

 すべての出来事には理由が存在します。
 その理由が分からなければ、処方も分かりません。
 分からない場合、怒りという力を借りるか、あきらめるという力を借りることになりますが、そのどちらもおおよそ解決には至らないどころか、無事に1年間を終えたとしても、また同じような状況がきちんとやってくることになっています。もう、どうしようもないくらい繰り返さなければなりません。
 いつ終わらせるのかという問題なのです。

 

1 理由

【話を聞かない理由】

 話を聞くという状態は、実は当たり前ではありません。いえ、これまでは当たり前だったのかもしれませんが、少なくても現代社会においては奇跡の部類に入りつつあります。その理由は、とてもシンプルです。話を聞くというモデルがなければ分からないということです。つまり、幼少期からの母子関係において、たくさん話を聞いてもらった子は話を聞ける。話を聞いてもらった経験が少ない子は話が聞けない。とても簡単な理由です。

 

【言うことを聞かない理由】

 これも簡単な理由です。言うことを聞かないのは、言うことを聞いてもらった経験が少ないからです。もしかしたら、聞いてもらったかもしれませんが、それは「だだをこねて買ってもらった」みたいなことでしょう。保護者もそれで「私は話を聞いています」と勘違いしています。

 

【ちょろちょろする理由】

 動きたいから動くのです。人は誰だって、ずっと座ってなんていられません。でも、それでは教室は収まらないので、せめて45分ぐらいは座っていられるようにと、授業時間が設定されます。中学で50分、大学生で90分ということですが、良識のある大人であっても120分の講義は疲れます。

 不自由なんです。でも人は自由を求めるという性質があります。
 そして低学年は未熟です。小学校に入学するまでに受けられるトレーニングは、家庭と保育園と幼稚園しかありません。現代社会において、家庭は機能していません。保育園と幼稚園はというと、それも機能を失いつつあります。理由は家庭がわがままになったからです。

 

【元気のない理由】

 家庭の元気がないのです。家庭で元気を充電できない、それだけです。
 お父さんもお母さんも元気が足りていませんから、負のオーラ、エネルギーが充満しています。朱に染まれば赤くなるように、当然影響を受けます。
 簡単な理由です。

 

【いじわるをする理由】

 いじわるな心を持っているからです。人は持っていないものは出すことができません。ですから、いじわるな心をもっているという簡単な理由です。
 では「いじわるな心」とは何かというと、不平や不満、怒りや悲しみといった感情が生み出すイライラ感です。子どもは語彙力が足りていませんから、なぜ自分がイライラするのかも理解していません。 

 

 

 以上ように、理由はシンプルです。一つ一つは簡単に分かります。でも、その理由はなぜ生まれるのかまでを理解するのはやや難しく、それを処方するのは一気に難しくなります。世の中全体を見渡しても、そうなっています。

 

 上記の理由以外にも、学級が落ち着かない理由はたくさんあります。でも、どれもこれも最終的には「家庭」が根っこになるという事実を理解すれば分かります。

 では、昔の家庭にあって、今の家庭にないものは何かという話になります。 

 

「ないもの」を考えるとき、「あるもの」を考えると分かりやすいかもしれません。ゲーム、スマホ、テレビ、インターネット、豊かさ、社会情勢などなど、現代社会にあるものを考えたとき、それによってなくなったものということになります。


 「あるためになくなったもの」は何か。話を聞いてもらう時間の喪失、十分に自然とたわむれる体験の欠如、人と直接接する機会の減少などなど。
 そのすべての根源は「愛」です。お母さんから子どもたちに与えられる「愛」の不足です。これを「愛着」と言い、足りていない状態を「愛着障害」と言います。

 

2 理解

 理由が分かったら、処方の原理を理解する必要があります。

 具体的な方法は「処方の原理」を応用して生まれしものなので、いくらでも作れます。でも、原理が分からなければ、このボタンを押せばいいのだけど、原理は分からないので、たまに間違ったボタンもちょくちょく押してしまいます。また、思いがけない出来事があったときに、その方法が合わなければ、とたんに途方にくれることになります。ですから、処方の原理を理解するのが先です。

 

 処方の原理の根幹は、理由と連動して考えます。
 つまり、愛着の問題なので、愛情をかけるという大原則が生まれます。 

 すると、叱る時も愛情、褒めるときも愛情、教えるときも教えないときも遊ぶときも、すべて愛情に根ざした行動を取ればよいという原則が見えるはずです。


「それはどうやったらいいのですか?」と人はすぐに聞きたがります。それで、アドバイスをしますが、たいていはできません。その理由は簡単で、そのアドバイスは、アドバイスをした人だからできるのであって、アドバイスをする人とアドバイスをされる人は、教師という職業が同じだというだけで、あとはすべて違うからです。


 幼稚園児に大学入試問題は解けないし、その必要すらないように、アドバイスをする人のアドバイスをできるためには、そのレベルまで達していなければできないということになります。


 さらに、ここが重要になりますが、一気にひとっ飛びしてその領域には行けない、つまり、順番にやるしかない、もっと言えば、できないなら、そこまで戻らなくてはならないという原理です。

 

 これを、子どもたちに照らし合わせて考えてみると、どうも体は小学1年生なんだけど、精神年齢は3歳ぐらいだなということが分かったのなら、やっぱり3歳児からやり直さなくては無理だという認識が必要なのです。それを、普通の1年生はこうだという理論は無意味とまでは言いませんし、そこを目指すのでしょうけれども、一気にはいけないという事実があるのです。 

 

3 処方

f:id:Nayunayu:20200531055225p:plain ここまで理解できたら、いよいよ処方について考えてきます。本当は、ここまで理解するのは一苦労であり、このような短い文章ですべてを伝えきることは不可能なのですが、先を急ぐので、もっと知りたい場合は、専門書を読むと書かれているはずです。


 では、具体的な処方について書きます。具体的と言っても、細かいことは書きません。ごくおおざっぱに書くことにします。細かいことは自分で探すしかありませんから。

 

①教師が親になる

 第1原則は、教師は児童の親になるという覚悟を持つということです。

 子どもたちに本物の愛情をかけるということなんですが、その愛情は「親のような愛情」ということです。ですから、親の愛情とは何かを知らなければできませんが、世間一般的に思われがちなものではありません。

 
 世間一般的な親の愛情とは、簡単に言うと「この子が将来困らないようにいろいろやらせなくては」とか、「この子のために助けてやらねば」と言ったたぐいの物がすべて具現化された内容です。


 例えば、にんじんが嫌いな子がいたとします。それをなんとか食べさせようとして料理を工夫し、にんじんを感じられないようにすり下ろして混ぜ込むというのは愛情かということを考えてみます。


 これは、甘やかしです。食べさせるという目的は達成されるかもしれませんが、にんじんがこれによって好きになることはありません。本当の愛情は、嫌いな物でも食べさせる、にんじんは本当はおいしいということを教えるということです。だとすれば、うーんとおなかを減らして、にんじんを与えるぐらいの覚悟が必要になります。


 にんじんを例に例えましたが、原理は同じです。
 本当の親のような愛情とは、代わりにやってあげるのではなく、自分にできることは自分でやるという経験をさせるということです。
 「甘やかし」とは、自分でできることを代わりにやる行為すべてです。
 「甘えさせる」とは、どうしてもできないことをちょこんとサポートしたり、だっこやお風呂などのように、一緒に寄り添うということです。
 これを混同している保護者も教師も多いので、実践はかなり難しいという現象が起こります。

 さらに、子どもたちはあの手この手を使って、「甘やかし」という現象を誘導してきます。もちろん無意識です。その方法しか知らないのです。家庭でそうしてきたのですから。

 

②正面からぶつかる

 第2原則は、正面からぶつかるということです。真剣にぶつかるという覚悟が必要です。その覚悟があれば、叱っても怒っても大丈夫です。叱るという行為に臆病になってはいけません。

 ただし、第1原則の上にしか成り立ちません。ですからこの段階で実践は非常に難しいということです。ちなみに「叱る」という技術は、それ自体でひとつの分野としてかなり大きいです。つまり、難しいということなので、専門書で勉強するしかありません。

 なんだか、自分で説明しきれないことを専門書に委託しているので、申し訳ないのですが、書ききれないのです。

 

③教師自身がお手本

 第3原則は、いつも明るくいることです。
 家庭において、親が暗いのに家の中が明るいという現象が起こらないように、担任が暗いのに教室が明るくなるということは起こりません。そして、子どもたちは親が明るければ、それだけで嬉しいのです。だから、担任が明るければ、それだけで嬉しいのです。

 子どもは「できる親」を求めているわけではないのです。明るく楽しい親を求めているのです。

 

④子どもを好きになる

 第4原則は、子どものことを好きになることです。

 子どもは親のことを愛しています。ほぼ無条件です。でも、親からの愛には条件がつきがちです。というか、ほとんどの家庭では条件がついています。でも、子どもたちがほしいのは、無条件の愛情です。これを「愛」と言います。本当の愛です。条件をつけないで愛を与えれば落ち着きます。

 

 

最後に

「親は子によって親になる」と言われるように、教師もまた児童によって教師になるのです。職業としての教師には教員採用試験を通ればなれます。子どもを産んだら親になれるようにです。

 しかし、親が悩み、試行錯誤し、少しずつ親として成熟していくように、教師も児童生徒のことを真剣に考えていく中で、本当の教師になっていくのです。

 学級が落ち着かないという状態は、教師にとって大変苦しいものです。でもそれは、向き合うことで本当の教師になれるチャンスがやってきているとも言えます。

 どうか臆病にならず、自己否定もせず、子ども達と向き合ってみることだけに集中してください。タイムラグ問題というのがあって、すぐには効果はでませんが、必ず効果はあります。

 

www.nayunayu.com

 

 今回の記事は、ハードルが高いことばかりですが、その分、実践したときの効果は絶大です。そこだけは保証します。