Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

八方美人という生き方

八方美人


 八方美人は、だれでも良い顔をする人のことで、大抵は批判的な言葉として浸透しています。四方美人なら抜け道がありますから、まだ良さそうですけどね。十六方美人ならさらに大変そう・・・。

 最近の子ども達や、若い人との面談で感じるのは、この八方美人という生き方を選択している人が多いということです。みんなから認められたい、みんなに良いと思われたい、みんなに好かれるためにキレイニなりたい等々、認証欲求とでも言いましょうか、なんだか疲れそうな生き方をしているのです。 

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  ということは、この八方美人という生き方が、なぜ疲れちゃうのかということを、詳しく考えてみる必要があるということに気がついたので、考えてみました。

 

八方美人になりやすい人

 深く考えてみると、この八方美人という生き方は、なかなか奥が深いと気づきました。それは、どういう人が八方美人になりやすいかということを考えれば分かります。

 八方美人は誰にでもということが前提です。すると、以下のようになります。

 

 誰にでも良い顔をするということは、誰でも同じということ。

 誰にでも合わせるということは、自分の意見がないということ。

 誰にでも親切ということは、親切ではないこともしちゃっているということ。

 誰にでも好かれるということは、どう頑張っても不可能であるということ。

 

 つまり、自分というものがない人です。

 もう、ちょっと考えてみただけで、トテモトテモ疲れそうです。

 

 誰でも同じならば、誰が大切で、誰が大切ではないかが分かっていない。

 相手によって自分の意見を変えるならば、自分の本心を言えていない。

 親切は人によって違うということ理解出来ないなら、親切にしても感謝されないことが多々ある。

 全ての人に好かれるということは、歴史上あり得ないことに挑戦し続けているということで、しかも達成は不可能。

 

 自分がない人は、どうしても人の評価に左右されてしまいます。そして、素敵な自分になれば、みんなから好かれると信じています。なぜなら自分が相手に対してそう思っているからです。ただし、その素敵さもひどく曖昧で、つかみどころがありません。表面のみだから深みもありません。

 自分がない人は、一般的に良いとされている物に目を奪われますから、本当に自分にとって何が大切なのかを理解していません。だから彷徨い続けます。

 

 例えば、対人関係で考えてみると、自分がある人が求める人は「自分が会いたい人」ですが、自分がない人が求める人は「褒めてくれる相手」かもしれません。あるいは「みんなから人気がある人」ということになり、八方美人でありながら、人気がない人には人には急激に冷たくしてしまう自分もいるということも起こりえます。

 ・・・八方美人なのに。

 

 ただ、誰でも好き好んで八方美人になったわけではないはずです。誰でも自分らしく生きていきたかったはずですが、八方美人にならなくては守れないものがあったのでしょう。私が今回の記事で考えたかったことは、八方美人は大変だという認識と、八方美人をやめたい人なら、八方美人は何故疲れるのかを知っておくと役立つという理論の整理です。

 

八方美人は疲れる

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 だいたいにおいて、全ての人に良い顔などできっこないのです。

 ある人に良い顔をしたら、関係する別の人には悪い顔になってしまうということはよくあるからです。

 それでもがんばって、両方に良い顔をしていれば、やがて「コウモリヤロウ!」と言われて、結局嫌われるということも起こりえます。

 

 それだけではありません。自分の意見を言うことがなかなか出来ず、絶えず人の顔色を伺った意見で迎合しなくてはならず、常に緊張をし続けなくてはならないのです。

 それだけではありません。八方美人の最大の目的は、みんなからの認証ですが、それすらも返ってこなくなります。あいつは都合のいいやつだということが、やがてバレるからです。

 それだけではありません。これが一番大変かもしれませんが、八方美人は何が大切かと言うことについて思考が向かいません。全て大切ということは、どれもさほど大切ではないということを言っているのに等しいのです。

 

 八方美人という生き方は、多くの人に良い顔をして接しますから、人間関係がたくさんできます。もう、それだけでも大変なのに、その人間関係のほとんどは空虚です。なぜなら、八方美人である自分は本当の自分ではなく、相手に合わせて演じている自分だからです。つまり、自分ではない自分と相手との関係だから、表面上の人間関係は多くても、心からの人間関係は皆無に等しいということです。

 

 それはまた、八方美人という生き方を選んでいるということは、人間関係において整理ができていないということの宣言でもあります。対立している人、無関係な人、友好な人を一色単にして関わり、自分で悩みを生み出している状態です。

 

 八方美人はうつ病になりやすいという考察もあるようですから、精神的に相当しんどどいことをしているということが分かります。

 

 ある男子児童が心にモヤモヤしたものを抱えていていました。その子は力があり、みんなへの影響力があり、本質的に優しい子で頼りになるのですが、時々、心のモヤモヤから急に排他的になったり、暴言を吐いたりしてしまうのです。どうしてなのかな?と思い、保護者に話を聞くと、その児童は小さい頃から緊張しやすく、泣きやすく、優しい子だったということが分かりました。

 教室での姿と随分違います。つまりは本当の自分を隠し、偽りの自分を演じ、みんなに良い顔をしようと努力していたのです。でも、当然無理がありますから、心が疲れちって、排他的になったり暴言を吐いたりして心を調整する必要があったのでしょう。

 八方美人という生き方は、自分を偽る生き方で、相当疲れるのです。

 

 

八方美人でなくても、あなたは好かれている。

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 なかなか難しいかもしれませんが、最後に2つお伝えします。

 もし、自分が八方美人だと思うのなら、そして、自分の側に八方美人の人がいたのなら、相当苦しんでいる上に、その成果はほとんどないので、優しく手を差し伸べてください。

 

 八方美人になってしまったのにも理由があるのです。その理由は人それぞれでしょうけれども、必ずありますし、おそらく結構奥深い問題です。その問題にアプローチする必要はとりあえずはありませんが、そうなった苦しい理由があるのだと、それだけは理解しておいてください。そうして、次の2点を伝えてください。

 

 1つ目は、全ての人に好かれた人は、これまでも居なかったし、これからも居ないという事実です。それは不可能なのです。たとえ、そのように見えた人が居たとしても、あっという間に逆転現象が起きたりするのが世の中です。好感度ナンバー1の芸能人が、ある事件をきっかけに大バッシングを受けるなんていうことはよくあります。

 だから、そこを頑張る必要はないということです。そして、大人数を集められたとしても、その大人数の人たちにとって、あなたはそれほど重要ではなくなってしまうのです。なぜなら、あなたが、大切な人は誰かを分からないで接しているのですから、みんなを大切にしているようで、みんなを大切にしていない。つまりは、本当の意味では大切にしていないのだから、あなたも本当の意味では大切にされないという悲しいけど認めなければならない事実です。

 

 2つ目は、自分らしい姿、自分が大切にする人の理解、そして八方美人をやめたとしても、あなたは好かれるという事実です。むしろ、その方が好かれるという事実をお伝えすることです。全ての人には好かれないかもしれませんが、それはそもそも不可能なのですから、気にすることなどありません。

 自分にとって大切な人を大切に扱う。そうすると、自分も大切にされるということが起こります。だいたい、一度に8人もの人と会話など出来ないのです。会議じゃあるまいし。会議だって、8人もいれば、自分が話す時間などほんのわずかであり、さらに自分の意見を言わなければ、ただ傍聴しただけに過ぎません。

 だから、八方美人になる必要はなく、八方美人にならなくても気の合う人には好かれるのです。または、自分から特別に好きになればいいし、八方美人をやめることによって、それが可能にさえなります。

 

 何かの本で、「ある年齢までは色々な人とお付き合いする方が良い。それが人間関係の学びに繋がる。だけど、ある年齢からは、誰と過ごすかを選びなさい。」という説明がありました(例によって、何の本だったかは忘れました)。

 若い頃は、誰とするかではなく、何をするか。

 ある年齢からは、何をするかではなく、誰とするか。

 

 人生は80年が平均寿命です。八方美人で疲れる生き方ではなく、自分らしくエネルギーが溢れるような生き方をしてください。応援しています。