Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

問題が問題に気づかせてくれる

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 人生には様々な問題が起こります。全て必要で、必然的に起こります。

 そして、問題が起こると「それは大変だ!」となってしまうのも致し方有りません。その問題が大きければ途方に暮れることになるでしょう。しかしその問題は、突然降って沸いたわけではなく、本質的にはもともとあったのです。ただ見えなかったという単純な理由から、問題が突然に起こったと錯覚しているにすぎません。見えなかった理由も、それを見たくなかったという単純な理由です。

 久しぶりの記事なので、いつものように何を書いたら良いのかさっぱり分からなくなってしまったので、今この瞬間に頭に思い浮かべていたこと「問題って、本当の問題に気づくために必要なんだな~」について書いてみることにします。

 

問題が問題に気づかせてくれる

 問題というのは、その人が問題だと思っているということですから、多岐にわたります。そのため、具体的に書くと途方もない作業となってしまうため、抽象的なお話になってしまいますが、それでも分かりやすくするために、いくつかの例を挙げながら説明してみます。

 

 ある人が病気になったとします。

 その人にとっては突然だったりもします。

 しかし、その病気のもとは、もともとあったのです。

 その原因となるもとは、本人にすら無自覚な場合が多いので、よくよく考えなければ分かりません。そのため、他人がそれを理解するのはさらに難しいです。

 ただ、その病気が起こらなければ、病気のもとについても考える事すらしません。もしかしたら、不規則な生活や体を酷使するような事ばかりしていたのかもしれませんし、不健康になるための努力を知らず知らずのうちにしていたのかもしれません。心の持ちようも関係しています。心と身体は常に連動しているので、心が病めば体も病むのは当然のことです。そんなこれまでに気づかせてくれるのが病気です。

 

 ある家庭で子どもが不登校になったとします。

 我が子が不登校になるというのは一大事で大問題です。

 そして、その原因を大急ぎで探し始めます。

 その原因を探し始めるというのは、そもそも原因があるということです。

 だから、もともとあったのです。

 ただ、不登校が起こらなければ、その問題に気づかなかったということです。

 どこにあるのかというのは、今回は深く掘り下げませんが、たいていの場合は外側にはないということだけ心に留めておいて、自分自身で探すしかありません。

 

 小さな問題でも考えてみましょう。

 算数のわり算ぐらいでいいかな?

 わり算ができると思っていても、間違えることはあります。

 間違えたり、テストで良い点数が取れなかったとき、自分はできていなかったとか、間違えやすいところがあったということが分かります。

 つまり、問題を解くことで、問題を見つけることができるのです。

 テストというのは、よく「自分の力を試すこと」なんて言われたりもしますが、それもテストに関する一つの側面を言っているのであって、別の側面(今回は問題)からみれば、問題を見つけるために問題(テスト)を意図的にするとも言えます。

 

問題をどうしましょう。

 以上のことが理解できれば、問題についての解釈が変わります。

 その問題は気づかなかっただけで、ようやく気づける場所に来てくれたのです。その問題は表面化したということで、表面化するために問題が起きていると捉えられます。それは見たくなかったかもしれません。見たくなかったから見えなかったのですが、違和感はあったはずです。そして、気づかないふりをし続けることもできますが、違和感を合理化するための理由を探し続け、問題を先送りし続けることになります。

 

 では、その問題をどうしましょうか・・・。

 問題が起こったとき、それは「ありがたいことが起きた」と思える人はほとんどいませんが、そう思うように努力することはできます。

 では、どのように努力すれば良いのかということを最後に説明して、久しぶりの記事を終わらせることにします。

 問題が起きたとき、それは「ありがたい」と思うことは至難の業で、おそらく現状では不可能なくらい難しいです。だから、ありがたいと思えないということについては、とりあえず放っておきます。「ありがたいなど、到底思えない自分なんだな。」くらいにとどめておきましょう。

 しかし、言葉は思っていなくても言えます。「タイヘンダ」は5文字。「アリガタイ」も5文字。タイヘンダと思っていながらアリガタイと言うことはできます。まずはここを努力のターゲットに置きます。

 そして、行動をアリガタイと感じるならこうするだろうなということに切り替えていきます。どんな行動がそうなのかについては人それぞれでしょうから、自分で考えなくてはなりませんが、大抵はこれまでの自分のやり方の反対をやってみることです。

 人とのコミュニケーションが苦手ならあえてしてみること。

 騒がしいところが好きなら、逆に静かな時間を過ごしてみること。

 家に居るのが好きなら、外に出てみること。

 逆の行動がどうして「アリガタイ行動」になるかについても、きちんとした理論はありますが、長くなってしまうので今回は省略します。でも、やってみたら分かります。

 部屋が綺麗すぎるなら、ちょっと散らかしてみるでもいいですし、料理を一生懸命作っていたのなら、手を抜いてもいいのです。

 なんでも「過ぎる」状態が問題を作り出しているということもありますし。

 

 あとは時間が助けてくれます。

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 問題が起きたとき、その問題が起こるまでにたくさんの時間を有しています。

 それが一瞬でなくなるということも起こりにくいのは、生まれるのに時間がかかっているということを理解すれば理解できるはずです。

 問題はもともとあったのだと理解し、言葉と行動の助けを借り、あとは時間の流れにゆだねることで、10年かかって作られた問題も1年で終了ということもあります。

 何もしなくても時間は流れてゆきますから、ただ待つだけでも問題を解消してくれることもはありますが、言葉と行動を変えていけばさらに早まります。逆に言えば、どれだけ言葉と行動を変えたとしても、ある程度の時間はかかります。

 ある程度とはどのくらいですか?と聞きたくなるかもしれませんが、具体的な事例やその人の状態などを総合的に見なければ分かりません。ただ、その問題が作られた時間よりは短いということは言えます。

 

 具体性に欠ける記事になってしまいましたが、何を問題と感じるかが人によって違うので、記事のテーマとして具体性がなくなってしまうのは仕方がないのです。自分の身の回りや周りの状況を思い浮かべながら読んでいただくことをお勧めするしかありません。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 コミュニケーションが苦手な人は、オセロとかトランプなどの道具を活用するといいですよ。マグネット式で折りたためるこのオセロがお勧めです。