もう一度経験したい。
もう一度経験できたら、やっぱりもう一度経験したい。
だからそれは繰り返す。
子どもが同じ本ばかり読んで喜ぶのも
子どもが同じ公園で遊びたがるのも
子どもが反復運動を好むのも
もう一度経験したいから。
十分経験できたときにようやく「もう一度経験したい」が落ちる。
満足いくまで、完全に経験し終えたときにだけ、次の経験を求める。
それまでは形を変えはするが繰り返す。
繰り返しだから、その結果も分かっている。どうなるか分かっている。
既知のものである。
既知ではあるが同じ経験ではない。既知であるが故に同じではない。
あなたが登山をしたとしよう。とても楽しかったからまた登りたい。
もう一度登る。
でも、その山は同じではない。以前に登ったことがあるという既知が同じにはさせてくれない。
だから、繰り返しているようで新しいものを発見している。
その発見が終わるほどに繰り返したとき、違う経験を求めはじめる。
だからこそ、子どもの繰り返す姿は自然であり、美しいのである。
邪魔をしてはいけない。
同じ事ばかりしているように見えても同じではないのだから。
楽しいことは、何度でも繰り返してよいのである。
「もう一度経験したい」が起きたとき、それは楽しかったということだから。
その自然なる感情に逆らってはいけない。
もう一度経験したい。
「もちろん、いいよ」と伝えてあげよう。
「そんなに経験したいのなら、一緒に経験させてほしい。」と伝えよう。