Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

家庭学習が嫌いな子に育てる大人たち

家庭学習


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「勉強やだな~。家庭学習って言ったって、なんかやらされてるから、宿題と同じじゃん!」

 そんなことを考える小学生は多いでしょうね。

 

 

 

 学校では「家庭学習の手引き」というのを制作していて全児童に配布します。

 これによれば、家庭学習は将来に役立つ大切な事であり、学年×10分がその目安であり、継続することが大切であるという。宿題の量を減らし、徐々に家庭学習へシフトしていくことで、中学校へ行ったときにも大変役に立つということなのです。

 

 これは一見、なんら非の打ち所のない、全くもって正論であるように見えるでしょう。教師はもとより、保護者にしても、上記の事に反論するなど、馬鹿げたことでしょう。

 しかし私は、家庭学習という代物に正面から向き合い、その効果を検証し、様々な取り組みを行い、そして、深く考えを巡らせた結果、上記の内容に付けたしをします。

 

家庭学習が嫌いな子に育てる大人たち

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「家庭学習と宿題の違いを説明できますか?」

 資料を配付したついでに、家庭学習について考えてもらおうと、5年生の子ども達に問いかけました。

「家庭学習は自分でやる勉強で、宿題は先生が出す勉強」

「家庭学習は自分で考える勉強で、宿題は先生が用意する勉強」

 数名が発表しましたが、おおよそ上記の2点に集約されました。これをさらに簡単にまとめると、家庭学習は自学自習、つまり自分で進んでやる勉強ということになります。それに対して宿題はやらされる勉強です。

 

「家庭学習は好きですか? 嫌いですか? 理由も考えてみましょう。」

 すると、好きが5名、 嫌いが27名という結果になりました。

 嫌いな理由を数名が発表します。すると、以下の4点に集約されました。

 

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1 時間がない。

2 めんどくさい。

3 なにをやっていいか分からない。

4 やっているのに親がやる気をそぐような言葉を言ってくる。

 

「時間がない」という意見を言った児童の言い分はこうです。

「学校で5時間も6時間も勉強して、学年×10分だから、僕は50分やらなければならない。平日はまだなんとか出来たとしても、休みの日はその倍をやらなくてはいけないから、100分になる。だから辛いんだ。」

 

「やっているのに親がやる気をそぐ」という意見を言った児童の言い分はこうです。

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「僕は家庭学習をやっていたら、字が汚いから書き直せと言われます。やってるのに!」

 

 

 

 

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「私が家庭学習をやっていたら、3ページはやるんだよと言われます。そんなにできないって。」

 

 

 別の男の子は

「母さんが、家庭学習をやりなさいってうるさい。」ですって。

 

 

 家庭学習が嫌いだという子たちに質問です。

「上記の4つの理由の中で、自分の気持ちと一番合致しているのはどれですか?」

 何故か子ども達はニコニコと友達と交流なんかを勝手に始め、楽しそうに愚痴を言い合っています。

 

結果は以下の通りです。

 1 時間がないから(5名)

 2 めんどくさいから(0名)

 3 何をやって良いか分からないから(1名)

 4 親がやる気をそぐようなことを言ってくるから(21名)

 

家庭学習とは何か

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 家庭学習とは、自学自習、つまり自分で選んで行う学習です。

 それは何を目指しているのか、目的は何かと言いますと、究極的には「自立」です。

 将来、自分の力で進むために、自分の頭で考え、自分で選び、そして自分自身の人生を自分の力で切り開いていく力強い力、すなわち「生きる力」というのを育成するための一つの方法なのです。

 そのためには、やらされる勉強ではなく、自分で選び取る勉強が良いということです。

 このこと自体には、私は反論はありません。全くその通りで良いと納得できます。

 しかし、もしも家庭学習が強制されたとしたら、それは「強制された家庭学習」という形に変わります。ということは、「家庭学習という美名をまとった宿題」ということになります。

 

 どうも、家庭学習とか宿題とかを、学力形成のための道具でしかないと考えている人が多いようですが、本来の目的は、宿題であっても家庭学習であっても、どちらも子ども達の将来の自立を目指しているのです。

 

 教育の根本である教育基本法には、教育の目的を「人格の完成を目指す」と記しています。

 人格の完成とは何かというと、簡単に言うと「人間性を磨き続ける」ということでしょう。

 では、人間性を磨くとは何かというと・・・・・・と問い続けると、どこかで「自立」は必ずでてきますから。

 

 

「家庭学習のススメ」に付け加えるもの

 家庭学習を勧めるのなら、「自分から進んで学ぶ」ということを強調しなくては結局は宿題となります。それは、やる、やらないも含めないと、本当に自分から進んでということになはらないのです。

 

「家庭学習をやりましょう。こんないいことがありますよ。だから保護者のみなさんもご協力をお願いします。これはお願いです。今は大変でも、きっと将来いいことが起こりますから。」

 という自粛要請のようなものです。

 

 そうではないのです。

 勉強は楽しいのです。楽しければやります。楽しくないと教えているのは周りです。

 家庭にできることは、子ども達が自ら選んだものを、ただ応援するだけです。

 そもそも、自分で決めたことなら、「楽しさ」が必ずあるはずなのです。

 もちろん、苦しみもあるでしょう。

 でも、自分で決めたのなら、苦しみを越えたときに、また自分で考えます。

 そうやって、自立していくのです。

 家庭学習が好きで、家庭学習をしているのなら、かまいません。ずれていませんから。

 でも、家庭学習が嫌いになっていて、それでも家庭学習をしているのなら、ずれています。

 それは、家庭学習という言葉が、誰からも非難されないような美しすぎる言葉だからです。

 

 だから、付け加えるのは、家庭環境に関することです。

 

・部屋を綺麗にすること。

・子どもの勉強する様子を見守ること。

・決して批判しないこと。

・「勉強しなさい」と言わないこと。

・規則正しい生活をすること。

・親子関係をリラックスできる関係にすること。

・たくさんお話をすること。

 

「一時的には、勉強をしなくなるという現象が起こるでしょうけれども、上記の事をやっていれば、子ども達のエネルギーはどんどん貯まっていきます。そこでようやく勉強するか、しないかということを自分で選べるようになる。」

 と、そこまで説明しないから、家庭学習でも「やらされて、嫌いになる」のです。

 勉強ができる子を目指すのではなく、自立できる子を目指すのです。