Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

何度でも挑戦できる

何度でもできる


 下の娘(4歳)とおやつを買いにローソンに行きました。

「お姉ちゃんの分も選んでね。」

と伝えると、張り切って選びました。自分はアンパンマンのグミ、お姉ちゃんにはチョコのつぶつぶがいっぱい入ったおやつです。

 

 お姉ちゃんに誇らし気にチョコを渡したら、すぐに自分のグミの袋をあけ、満足そうに食べ始めます。そして「ねえね(お姉ちゃんのことをねえねと呼んでいる)もいる?」と、6個しか入っていない自分のグミをプレゼントです。するとお姉ちゃんも「じゃあ、このチョコもあげるね。」とプレゼント返しです。

 ただのおやつ交換なんですけどね。「これあげるからそれちょうだい」とは言わないで、先にあげたら後からもらえたということで、私は大変微笑ましいと感じました。

 

 ところが、少し経つと、6個しかないグミはなくなり、お姉ちゃんのチョコは残っているということが起きました。

 4歳の娘は、今度は「ちょーだい」とおねだりです。

 お姉ちゃんは「じゃあ、ジャンケンで勝ったらあげる。」と遊び始めます。

「ジャンケンぽん!」

 4歳の娘は「チョキ」 お姉ちゃんは「グー」

「ざんねーん! チョコはあげられません。」

 そういうルールなので仕方ないでしょう。ところが、4歳の娘は

「もう一回!」

と嬉しそうに再挑戦を提案します。

「もー、仕方ないな~。ジャンケンぽん!」

 4歳の娘は「チョキ」 お姉ちゃんは「グー」

「もう一回!」

と言う具合に、これを何度も繰り返していました。何度やっても4歳の娘は「チョキ」でお姉ちゃんは「グー」です。そうなんです、4歳の娘は「チョキ」しか出さないのです。笑ってしまいました。お姉ちゃんも笑って

「チョキしか出さないからだよ。グーとかパーを出してごらん。」と教え、再びジャンケン。でもやっぱり4歳の娘は「チョキ」です。そして、学習したのか

「ねえね(お姉ちゃんのこと)、チョキ出して。」

と裏取引をし始めました。もうそれは出来レースなので、ジャンケンとは呼べないのですが、お姉ちゃんは笑いながら「わかった。」と言って再びジャンケンです。

 チョキしか出さないのに、チョキを出してというのですから、あいこになるだろうなと思っていたら、お姉ちゃんはちゃんと「パー」を出してました。

 

 本当に些細な出来事で、ただの微笑ましい光景だったのですが、挑戦するというのは、本来、こういう事なんだろうなと思ったのです。

 

 勝っても負けても、それはただの結果であり、本当は挑戦しているときが一番楽しいのだろうなと。そして、挑戦というのは本来、何度でも楽しんでやるものなんだろうなと思ったのです。

 

 4歳の娘は、もらったチョコを口に入れると、すぐに「もう一回!」と挑戦を始めました。

 4歳の娘は、チョコが欲しいのでしょうか、それとも、お姉ちゃんとジャンケンで遊びたいのでしょうか。意識的にはチョコをもらうためにやっているのでしょうけれども、きっと、お姉ちゃんとジャンケンをして楽しみたい方が優っているでしょうね。

 

 挑戦って、結果に執着しなければ、相当楽しいというのが本質で、楽しければ何度でもやるようなことなのだと、ぼんやりと考えられた出来事でした。