Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の21年間の実践理論

集中力のある子に育つために・・・

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 どうすれば集中できる子に育つか。そんなことをテーマに学級懇談会で話をしました。結論から言いますと「子どもが夢中になっていることを止めないこと」です。夢中になっていることを止めないと、どうして集中できる子に育つのかをできるだけ分かりやすく説明します。是非、我が子にやってみてください。きっと効果がでるはずですが、実践は少々難しいです。

 

家庭学習は時間ではない

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 私が学級懇談会でお話させていただいた概要を説明します。

 まずは家庭学習をばっさり切ります。

 お子さんがご自宅で学習していれば、親はとりあえず安心します。時間が長ければそれだけ勉強していると言うことにもなりますし、なぜか机に座っているだけで「学習している」と判断しがちです。

 しかし家庭学習は時間ではありません。時間は関係ありますが関係ありません。

 うん? 矛盾してますね。でも、矛盾もしていません。

 例えば30分勉強したとしましょう。すると、ものすごく知識が増える子と、ちっとも増えない子がいるのです。そのひとつの側面に「集中力」というものが存在します。

 30分が問題なのではなく、30分のうち、何分間集中したかが問題なのです。

 集中している時間は関係あるけど、集中していないのなら関係ないのです。

 

 高校生を経験したみなさんなら、ある事実を見ているはずです。

 それは、帰宅部はたくさん時間があって勉強もたくさんできる。一方部活をやっている人は時間があまりないという覆せない事実。

 そして、夏休みが終わり、部活が終わったとたん、部活をやっていた人たちはぐんぐん成績が伸びるということが起こるのです。

 これを文武両道と言います。しかも、部活で時間がない期間でも、それなりに良い成績を取る人もいるものですから、困ったものです。嫉妬しちゃいますよね。

 なぜ部活が終わったとたんに成績が伸びるのか。これもその側面のひとつに「集中力」があります。※あくまでひとつの側面です。

 

 家庭学習を喜んでやっているのなら問題ありませんが、やれやれと言われてやっていると、どうしても邪念が入り込む(面白くないな~とか、めんどくさいな~とか、早く終わらせようとか・・・)ので、だらだらとただやっているだけという状況になるばかりか、勉強はつまらないということをすり込まれていく結果になります。テレビを観ながらも同様です。

 さらに、宿題というのも同じです。宿題を出された子は、せっかくのお休みなのに心のどこかにずっと「宿題やらないとな~」と思いながら過ごすことになります。私たち大人だって、休日にやらないといけない仕事がある場合(教師なら成績の所見やテストの○付け、指導案の作成などになるかな?)、やれば終わるけどなかなかやらない、あるいはやりたくないな~と思いながら過ごし、仕事めんどくさいな~となりがちです。

 

 学校では、家庭学習を推奨しているので、私は同僚の先生方数名に「先生は、小学生の頃、家庭学習をやっていたんですか?」と聞いてみました。すると、ほぼ全員が「やってないよ。遊んでた。」と言っていました。

 私も小学生のころは遊んでいました。勉強をしたのは中学校からです。「家庭学習をやらなくて困っちゃう。」という保護者の方にも、よく同様の質問をしますが、たいていの場合「私はやらなかったですね。」という答えが返ってきます。

 

 あのね、自分がやらなかったのに、どうしてやらせることができるのですか? 自分自身にできないことなら、他人にはなおさらできません。また、自分が嫌だったのに喜んでやるということを他人に教えることなどできません。勉強って面白い!と思った人だけが「勉強は面白い!」と伝えられるのです。

 

 

集中力とは何か

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 次に、集中力とは何かを説明します。

 集中力とは、端的に言えば、何かに没頭している状態です。

 没頭して、目の前のことしか考えていない。勉強しながら「晩ご飯何かな?」なんて考えていない。そのため、学習時間は同じでも内容が全く違うということが起こります。

 集中して時間が経ったのが分からなかったという経験がある人も多いでしょう。読書をしていたらあっという間に時間が過ぎたとか、将棋をしていたら1時間はあっという間だったとか。

 何かに没頭している時、それは完全に今を生きています。

 今、目の前のものと戯れて遊んでいるのです。

 そうそう、遊びなのです。

 そして特に、子ども達にとっての仕事は「あそび」です。

「よく遊び、よく学ぶ」と言うじゃないですか(誰が言ったんだっけな?)。

 誰にでも集中した経験があるでしょうから、自分が集中していたときのことを思い浮かべれば「完全に今を生きている状態」というのが分かるはずです。

 それは経験として積み重ねられてゆくのです。

 

 集中とは今目の前のことに没頭していることだと理解し、子どもにとっては「あそび」を通じて行われるということに気づき、遊んでいるように見えても、子ども達は自らの経験値を増やし続けているということを見取り、思う存分遊ばせることで、集中力は育まれていきます。

 

 しかし、大抵の大人達は、全く逆のことをします。

 遊んでいる子どもを見て「遊んでばかりいないで勉強しなさい。」と言います。

 でも、勉強ばかりしていると、「たまには外で遊びなさい。」なんて言ったりもしますから、そもそもないものねだりという側面もあるのですが・・・。

 

 まとめると、繰り返しになりますが、小さい頃に集中する経験をいっぱいさせることで、集中力は養われてゆくということです。それは「今を生きている」という生き生きとした状態の経験でもあるわけです。

 

子どもの夢中を止めないでください

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 子どもはね、大人から見るとくだらないことに夢中になります。

 そして、大人達は自分が子どもだった頃、やっぱり大人に止められてます。

 だから、それを繰り返してしまうのです。

 逆に、夢中になったことを止められたなかった人は、やっぱり我が子にも止めるということはしません。それが良いと知っているからです。

 このような説明をすると、ある保護者の方から質問を受けました。

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「うちの娘は、ユーチューブとゲームに夢中なのですが、それも止めない方がよいのでしょうか?」と。

 

 とても良い質問です。

 本来的には、子どもが健やかに育っていれば、ユーチューブとゲームに夢中になりすぎるということは起きにくいのですが、すでに起こっている場合です。

「それは止めてください。」

 と私は言いました。

「夢中になっていることを止めないで」と言った私が、今度は「それは止めてください。」と言うわけですから矛盾してますよね。

 でも、やっぱり矛盾はしていません。判断基準の問題なのです。

 

 ゲームやユーチューブは遊んでいるのではなく「遊ばされている」のです。

 私が止めないでほしいと言ったのは「遊んでいる」状態です。

 主体がどちらに在るかが問題で、子ども主体なら止めないで欲しいのです。子ども以外が主体なら、ある程度のところで境界線を儲ける必要があるということです。

 

 例えば公園遊びやブロック遊び、お人形遊びなどは、子ども主体で創造的です。試行錯誤の余地が大きく、遊ぶ度に新たな発見なんかもあります。絵本を読むのも主体的です。本を読みながら想像の世界を膨らませているのですから。

 

 ゲームはどうでしょうか。中には創造的なゲームもありますから、全てが非創造的だとは言いませんが、遊ばされている部分が大きい。

 ユーチューブは、それを活用して自分でもやってみようとか(料理とか工作とか)は問題ありません。しかし、ただおもしろおかしく見ているのなら、やはり遊ばされているだけです。

 夢中になっているのではなく、夢中にさせられているだけであって、それはどうしても他力本願であり、面白い出来事がなくては集中できません。既存製品にしか面白さを見いだせないということになります。

 

 「主体性」「創造性」そして「表現」。

 この3つがキーワードです。

 

 勉強したら勉強できるということは否定しません。

 たとえダラダラと長時間やったとしても、長い時間かければできるようになるでしょう。しかし、その代償は大きく、勉強なんてつまんないと思うばかりか、自分のやりたいことはやってはいけないんだとすり込まれていく結果となります。

 集中しているとは、今を生きているということです。

 だから、人生を豊かに楽しく生きてゆきたいのならということになりますが、集中している子をなるべく止めないようにしましょう。